こころ感じる聚楽の旅 ことのはvol.24
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6 ●1962(昭和37)年3月 国鉄に再度請願書を提出さらに巻末にも加筆一、 当社は上野駅構内に上野駅聚楽の名に於て、食堂経営をやらせて頂き、また、新潟駅地階名店デパート内に新潟県下最大の大衆食堂を経営いたしておりますので、列車食堂経営の一つの要素たる基地は、十二分のものを持っておるものと思考いたします。 一、 御当局が上越線に列車食堂業務を再開されるご趣旨に添い、多年にわたる経験を基礎とし、新たな研究と工夫をこらし、この仕事に対する愛情と誠意と責任感を持って、必ずや他の業者に劣らざる仕事をさせていただき国鉄利用乗客の皆様にでき得る限りの御満足と御便利をお与えする奉仕をなし国鉄御当局の御信任と御期待に添わんとする決意と念願を有するものであります。 今度長岡、新潟間の電化を契機に上越線に特別急行列車が運転せられ、食堂車を連結することが内定せられた旨新聞紙の報道により知りました。つきましては、是非共食堂車経営の御許可を得たくここに請願いたします。 上越線特別急行列車一、 去る昭和7年上野駅構内地下に於て、須田町食堂の名称で国鉄乗降客の皆様に奉仕させていただきましたが、上越線での列車食堂を是非御下命いただきたいとの熱意は、その当時から抱いておりました。文章だけにとどまらず、上野駅聚楽・新潟駅聚楽の店内写真に新装オープンする水上ホテル聚楽のパンフレットを添えた。─ 中 略 ─ 多年にわたり列車食堂の経営を熱望し昭和34年7月上越線現在の急行列車に対し、列車食堂の経営を希望し請願して参りましたが、其の機会を得ず今日に至って居ります。幸に、御許可を頂きました暁は列車食堂の特殊性を十分に認識し多年の経験と会社の組織を総動員して誠心誠意模範的の経営を行い御当局の御信頼に添いたいと存じます。食堂経営の御下命のお願いについて【列車食堂営業への道のり】

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