44●敗軍の将に失礼があってはならぬ●1967(昭和42)年8月28日飯坂ホテル聚楽は近代的なリゾートホテルへ生まれ変わった 「ホテル聚楽は地元の役に立つホテルにしたいと思います。同業者の方々にも迷惑をかけず、共存共栄を図っていきたいと思います」 盛大な祝賀披露パーティーを行い新生飯坂ホテル聚楽がスタートした。 晴れの門出を祝うセレモニーは無かった。前オーナーに対する気配りからだ。 さらに・・・ 角屋を引継いだ酒造会社社長は負債整理に加え、かねてたら親交のあったオーナー家の救済と再起を念願していたのだが・・・聚楽がその経営を担う直前の1962(昭和37)年3月急逝した。 加藤清二郎はその遺志を引き継ぎ角屋前オーナーに多額の資金を用意する。 今回の買収劇は、聚楽と酒造会社間のものであり角屋との金銭収受は発生しないのだが、営業権売買(のれん代)として角屋への支出を行ったのだ。 ただし事業を失敗した者に多額の金を与えるのはマイナス面も多い。そこで、まず一家の住宅建設資金等を渡し、残りは、店舗なり賃貸住宅なり新たな事業で収入を得られる計画を立てさせ、それに基づき支払いをするという将来を見据えた救済方法を提案する。 しかし残念なことにこのお金は最終的に前オーナーの事業資金とはならなかった。物件を明け渡す前、つまり自身がまだオーナーだった時の税金を滞納していたのだ。 税務署もこの経緯(前オーナーの生活再建資金を聚楽が支出している)を理解してくれましたが最終的には滞納金に充当するため残額すべてを持って行ったのでした。
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