楽二じだす町田ちょう22「わかりました、引き受けましょう」せいろうじゅらく【前号までのあらすじ】 学業優秀も進学はせず、関東大震災を契機と捉え1924年3月10日東京・神田に簡易食堂”開業。創業10年の節目と洋食“須なる1934年「聚楽」創設。官公庁、企業、学校の専用食堂も運営し最大89店舗まで事業を拡大するも1945年8月15日の残存店はわずかに5店。激動の経済混乱期、1947年発令の飲食営業緊急措置令等を乗り越え、事業を復活させる。1962年水上ホテル聚楽をリニューアルし大型リゾートホテル事業を拡大していく。 加藤清二郎は暇を見つけては各地の観光地を視察しており飯坂温泉にも度々訪れていた。東北の冬はオフシーズン、人々は外に出たがらないが磐梯吾妻スカイラインが開通し観光客は増え続けている。マイナスよりプラスの方が多いと判断し3分で決断した。【思いやりからの飯坂進出】 1961(昭和36)年秋、知人でもある福島の酒造会社社長が加藤清二郎のもとを訪れた。 「飯坂温泉に角屋(かどや)という大きな旅館があります。名門と言われていますが借金があり再建の見込みは全くありません。加藤さん、これを買っていただけませんか?酒屋が旅館を持っていても猫に小判です。ぜひ聚楽さんで引き受けていただけませんか?」勝ってのち戦う株式会社 聚郎創業者 加藤 清(1898年4月8日~1982年9月24日)
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