9向かって右、白衣姿が原田氏左は(おそらく)創業者加藤清二郎この写真は1925(大正15)年2月28日須田町食堂2号店日本橋営業所開店の時のもので社内に現存する最古の現物写真1929年撮影 重労働で体調を崩した浅草「三友軒」へ再び皿洗いとして舞い戻り、住み込む。 資金を調達し、土地も確保し、建物建設は兄に任せ、最終の準備段階に入った。 過去の研究を補うため、さらには震災後の情勢を知るため、再び辛い労働生活に身を投じたのだ。 ここで重要な人物と出会うことになる。 原田 屯(はらだ たむろ)氏 新潟県西蒲原郡赤塚村出身。 同郷でもあり、誠実、勤勉なこの青年を事業立ち上げメンバーに引き込むことに成功する。大衆食堂で一番重要な料理と仕入を原田氏に任せ、自身は安心して経営に注力することができたのだ。原田氏の加入はのちの須田町食堂発展に大きく寄与することとなる。● 1924(T13)年1月 【開業直前の皿洗い】
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